囲碁入門

囲碁の入門すなわち手ほどきを受けたのは、中学3年の時だった。
叔父と伯母が教えてくれた、その時のことは50年も経った今もハッキリと覚えている。

四つ目殺しを教えてくれた、一つの石を相手の石が四方から囲った形で殺したことになる。
その意味がなかなか飲み込めない、碁盤の線の意味が分からなかった。

囲碁の勝負は地所を一目でも多く確保することで決まってしまう。
碁盤の縦横の線が交わったところが目である、その数を一目二目と数えていく。相手より一目でも多ければ勝ちとなる。

互いに一つずつ並べていくだけで、こうも強弱がつくのが不思議なほどだが、このゲームのルールは良く出来ている。

囲碁の対局は碁盤をはさんで座り、口を開かず、静寂の中での競り合いだから、体を使って意思表示をするわけではないので、悶々と己の気持ちの中にその闘志を燃やすことになる。

囲碁は精神修養の一つの手段としては実に良い方法である。
では自分がどれだけ精神力がついたのか定かではないが、それはまた別の問題である、少なくとも精神力を鍛える良い方法に違いない。

囲碁の壁

囲碁を教えてくれた小父の得意技は、劫と寄せがうまかったように思う。
これにはずいぶんと苦しめらた。
しめた!この石は貰ったと思い込んでいても次の瞬間「劫」にされていた。
それだけに劫が苦手だったが、だんだん興味がわいてきてこれを楽しめるようになった。
囲碁で後まで苦手に思えたのは空中戦だった、先がさっぱり読めない、これが大きな壁だと思えるようになった。
小父に勝ったときは、その小父の表情が面白い、ハッハッハッとしゃがれ声を出しながら苦笑する、そしてツルッぱげの頭を両手でなでながら「うん、うん」と自分で納得したように頷くのだった。
「もう一番やろうね」小父の方から誘いがあって、また打ち始める。
調子のよいときは、小父の大石を殺してしまうこともあって、そんなときこそ1時間ぐらいで3番打つこともあった。
自分に囲碁の力がついていくのが少しずつ感じられるようになり、最初の星目風鈴つきで始めたのに、その頃は4目置いて打っていた。